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シェアブックス スタッフが送るたわいもない日記
友人がコロナで死んだ。
こんなところに書くべき内容ではないかもしれないが、SNSを何もやっていない僕は彼の生きた証をどこかに残したい。
複雑な家庭環境で生まれ育ち、孤独に死んでいった彼の為に、ここに記したい。

彼は去年に癌を患っていたが、抗がん剤とレーザー治療を無事に終えて経過も良好だと聞いていた。
今年の正月に実際会った時は、以前の元気を取り戻したようにも見えて少し安心していた。
「コロナにかかったみたい」と連絡があった時も、笑いながらで、僕も冗談を言って茶化す程だった。
しかしそれから数日たった最後の電話での彼は苦しそうだった。
「肺が痛く、救急車を呼んだけど病院に連れていってもらえなかった」と彼は言っていた。
病床がひっ迫していたのか、それとも他に問題があったのかは分からない。
その電話でまさか彼が死に直面しているなんて思ってもいなかったし、東京と大阪で離れていて何もしてあげる事は出来なかった。
その後、彼と連絡が取れなくなっていて心配していたが、オミクロンは重症化しないという勝手な先入観を持っていた僕は、病院に行って入院でもしてるのかなと思っていた。
しかしその後も数日間連絡が取れなく、胸騒ぎがしていた矢先に彼が亡くなったと一報が入った。
結局病院には行けてなく部屋で絶命していたらしい。
まだ45歳の若さだったが、癌の治療明けで免疫が落ちていたのだと思う。
彼が愛していた女性が、片付けの為に部屋に入って写真を送ってくれた。
部屋の状況から最後はもがき苦しんでいたのが明白だった。
後日遺品整理の為、車で大阪へ向かい、片づけをして、粗大ごみと遺品をハイエースに詰め込んで持ち帰った。
遺品を見ると胸が痛くなり、行きも帰りも車の運転をしている間はずっと彼の事を考えていた。

高校で出会い、すぐに意気投合した僕たちはずっと一緒に遊んでいた。
若かった僕たちは一緒に悪い事をする度に仲を深めていった。
そんな彼が二十歳そこらでアジアに1人旅へ出かけた。
帰ってきて旅の話を夢中に聞いてる僕に、「すぐにでも一緒に行こう」と、それまで狭い環境でしか生きていなかった僕を広い海外の世界へと連れ出してくれた。
それが人生の転機だった。

日本でバイトをしてお金を貯めて、そのお金が無くなるまでアジアを周るという奇行を定職にも就かず二十歳から3.4年、繰り返し続けた。
タイの北部地方でお金が尽き、勝手に自分たちの持ち物を路上に並べ、原住民に売りつけて小銭を稼ぎ、二人で野宿をしながらバンコクを目指した。
到着したバンコクで、日本の友人に頼み込んで送金してもらったお金を、彼はまたすぐに使い込んでしまうような男だった。

タイの南の島ではビーチパーティーに夜な夜な出かけ、朝まで踊り続けて疲れきった僕達は砂浜で朝日を見ながら、よくこれからの人生について語り合った。
今でも鮮明に覚えているが、彼は「こんな経験を死ぬまでにあと何回出来ると思う?」と聞いてきた。
僕は「その気になれば何度でも出来るよ」と答えたが、今までの人生であれ以上の解放感と幸福感を経験した事はないし、おそらくこれからもないだろう。

ネパールのポカラで、人だかりが出来ていたので何事かと見に行くと、彼がテンプー(小型オート三輪)の運転手と大揉めしていた。
僕は急いで止めに入ると、相手の運転手の家族も止めに入り何とか収まった。その数分後には何故か彼と運転手は肩を組みあうほど仲良くなっていて、気づいたら運転手の家に行く流れになり、その日は親戚一同を集めて大宴会となった。

ヒマラヤの麓にある、もの凄く広い湖でボートを借りて、静寂の湖の真ん中で音楽をかけながらプカプカと浮き、次はどこの国にどのルートで行くかを地図を開いて何時間も話し合った。

バングラディッシュのジア国際空港(現シャージャラル国際空港)の職員が、「お前の友達を何とかしろ」と困惑の表情で僕に迫ってきたので、何だろうと思い職員に付いていくと、イミグレーションの荷物を置く台の上でいびきをかいて寝ていた。

タイの野良犬は彼とすれ違うたびに、うねり声を出し威嚇してきた。
聖なる牛と言われ普段はおとなしいインドの水牛が、彼が近づいたらびっくりするくらい興奮して暴れだし、周りにいたインド人にお前は悪魔だと罵られ、彼は逆上し一触即発の空気となった。

インドのジャイプール(ピンクシティ)から西に向かい砂漠の入り口のホテルに泊まり、最高に眺望の良いテラスで、砂丘の向こうから朝日が昇るのを見ながら朝食を食べたのを昨日の事のように覚えている。
その時彼はBGMでクラシックをかけていた。二十歳そこらの僕にはその光景と彼の音楽のチョイスが衝撃的だったが、彼はそのような事を普通にやる男だった。僕はそれからクラシックを聴くようになった。

これらの思い出はごく一部で、本当にいろんな事を2人で経験した。
何事にも物おじせず、好奇心の塊の彼と一緒に旅をしたおかげで、様々なシーンで普通の人達なら入り込むことがない、深くディープな世界を経験する事が出来た。
自分で言うのも何だが、それらの経験をきっかけに自分の能力が開花した。
自分に自信がつき、それからはあらゆる事を積極的に挑戦した。それで今がある。
僕は彼に影響された部分が多大にある。
そんな人生のピークの時間を共にした彼が死んだ。
当時の思い出を肌で体感し、ずっと一緒に共有していた唯一の友達が死んだ。

彼を煙たがる人達もたくさんいた。
でもそれは仕方ない。
彼は自分本位で行動し、人の事なんて二の次だったし、トラブルメーカーだった。
他人に迷惑はかけていなかったが、法に触れる事をして刑務所にも入っていた。
でもピュアなだけであって、本質は悪ではないのを僕は知っていた。
だから彼が刑務所に入り、皆が離れていっても僕はずっと友達でいた。
芯の部分は純粋で優しい男だと知っていたから。
その時にやり取りをしていた手紙を読み返していると、涙が溢れてくる。

15年前に僕が今の仕事を起業すると公言した時に、多くの人は冷ややかな反応だったが、彼は「絶対大丈夫。必ずうまくいく」と背中を押してくれた。
晩年は南の島でのんびり暮らそうと、40歳を過ぎてからもお互い言い合っていた。
頭にくる事も多々あったし、喧嘩もたくさんしたが、僕の得意な事、不得意な事、強いところ、弱いところ、全てを受け入れてくれ、自分の全てをさらけ出せる唯一の友人だった。

最後の会話で優しい言葉をかけてあげる事が出来なかったどころか、軽くあしらってしまった。
後悔しても、もう彼はいない。
親友がなんなのかは僕には分からない。
ただ、とても深い所で繋がっていた友人が死んだ。

彼がいなくなってから2ヶ月が経過しようとしている今でも、僕の心の中には靄がかかっており、あまり気力が湧いてこない。
いなくなった時の事なんて考えた事がなかったから、あまりの喪失感に自分でもびっくりしている。
時間が解決してくれるのだろうか。
もしそうだとしても、まだ少し時間はかかりそうだ。
普段はオカルト系は信じないが、最近は家で変な物音とかがしたりすると、あれ?とか思ってしまう。

LINEのやり取りを見返してみると、今年の1月の彼の誕生日に僕は「また一歩死に近づいたね」と、僕と彼が長年続けてきた、いつものブラックジョークのやり取りが残されていた。
今どういう状態でどこにいるのか分からないが、安らかに眠ってほしい。
そして、恥ずかしいから僕の事は見守らないでほしい。
楽しかったね。ありがとう。

masa


masa
(注)ITやプログラムに興味が無い人は、今回の内容はつまらないと思うので見ない方がいいと思います。そして長いと思います。笑

【 Winny 天才プログラマー金子勇との7年半 】壇 俊光 (著)を読んだ。

今は亡き金子勇氏を知っている人はいるだろうか。
IT業界では知らない人はいないくらい有名な人物だが、金子勇という名前は知らなくても今から20年程前に流行したWinny(ウィニー)なら当時パソコンを触っていた人は知っていると思う。
Winnyとはファイル共有ソフトで、勿論当時の僕はWinnyのヘビーユーザーだった。

僕が自分で初めてパソコンを買ったのは今から約20年前の20代半ばの頃だった。
当時はパソコンを持っている人やインターネットを利用している人はかなり少なく、ネット回線もISDNやADSL等の貧弱な回線だった。
必ずしもパソコンが必要ではなかったその時代に、何故買おうと思ったかというと、その頃よくアジアを旅行していて、訪れた国のいろんな文化や先進的な外国の人々と触れ合う中で様々な情報を得ていったことにより、パソコンの必要性とインターネット上のマーケットに魅了されたからだ。
最初は本を買い漁って独学でプログラム等も勉強していたが、独学で勉強する難しさを痛感し、いつの間にかネット上を徘徊するただの住民に成り下がっていた。
そんな中、友人からWinMXというファイル交換ソフトを教えてもらい、映画・アニメ・スポーツ・アダルト等の様々な映像や音源をユーザーと交換する事によって無料でダウンロード出来るという、夢の様なソフトに夢中になった。
毎日パソコンをフル稼働させて、ファイルのアップロードとダウンロードを繰り返し行っていたが、ある日WinMXユーザーが著作権法違反の疑いで逮捕されたと報道があった。
その時に初めて自分は著作権に触れる違法な事をしているんだと気が付いた。
逮捕者が出た事をきっかけに少しWinMXからは遠ざかっていたが、そこに金子氏が開発したWinnyなる、より優れた後継ソフトが登場して、僕は当然ながら以前以上にそのソフトに夢中になった。
中央サーバが必要なWinMXに対し、Winnyはファイルの共有に中央サーバーを必要としないピュアP2P方式で動作する。(このP2P技術は現在ではブロックチェーン等で利用されている。)
WinMXはファイルをアップロードして交換する必要があるので著作権に引っかかるが、WinnyはP2Pという優れた技術を用いて、ファイルをダウンロードのみで共有した場合は著作権法には抵触しないという認識で僕は利用していた。
ただそんなある日、Winnyの開発者である金子氏が、著作権法違反幇助の罪で逮捕されることになった。

少し前置きが長くなったが、この本はそんなWinnyの開発者でプログラムを心から愛する天才金子に魅了された、著者の壇弁護士による回顧録。
ざっと時系列を書くと、金子氏は2003年に著作権法違反ほう助の容疑で捜索差押を受け、2005年に京都地方裁判所はほう助の成立を認めて罰金刑の有罪判決を下した。
これに対して、無罪を求める弁護側と懲役刑を求める検察の双方が控訴したが2009年に逆転無罪となり、検察はさらに最高裁に上告するも2011年に検察の上告が退けられ金子勇氏の無罪が確定した。
2012年に東京大学の特任講師に就任し研究や開発に従事していたが、2013年7月6日に急性心筋梗塞のため、42歳という若さで稀代の天才はこの世を後にした。

この本には犯罪とはかけ離れた純真無垢で情熱的にプログラムに取り組む金子氏の人柄が記録されている他、プログラムに対して豊富な知識を持つ弁護士が、何も理解していない無知な検察に突っ込みを入れながら軽快な文章で話は進んでいく。
プログラムに対して圧倒的に無知な京都府警と検察は強引に有罪に持ち込もうとするが、壇弁護士率いる弁護団が日本の未来である金子氏を冤罪で有罪にする訳にはいかないと奮起するノンフィクション作品。

長年に渡る裁判で無罪は確定したものの、7年半という貴重な時間が経過していた。
金子氏はWinnyというツールを開発しただけで、それを違法行為で利用した事もないし、その様な利用方法を促したわけでもない。
YouTubeでもテレビ・映画・スポーツ・音楽等の映像や音源が無断でアップロードされている動画をたまに見かけるが、それは著作権侵害にあたる違法行為である。
ただその違法行為は、YouTubeを利用しているユーザーが勝手にやっている事であり、それによってYouTubeの開発者が逮捕される事はないが、Winnyでは同様な事で開発者である金子氏が逮捕されたということである。
最初は軽快に読み進めていたが、途中で怒りと悲しみが混在した不安定な気持ちになり、とてつもなく切なくなってきた。
こんなに優秀な人物を虐げた京都府警は、金子勇というスペシャルな天才技術者の時間を無駄に浪費し、その世界の進歩を止めてしまったのは本当に罪深い。 
現在IT後進国と言われている日本だが、金子氏の存在で大きく変わっていた可能性があったのではないかと、この本を読んで強く思った。
一番脂の乗っている30代を無念にも自国の国家権力に無駄にされたのである。
彼はもう他界していて、大好きなプログラムを書く事が出来ない。
彼が裁判にかけられずに、思う存分その技術を研究して、さらにはまだ現存していたなら、WinnyやP2P技術の発展、さらには日本のネットワークがどう進化していたのかは誰も知る由は無い。

金子氏がイメージしていた世界はまだまだこんなものではなく、もっともの凄いソフトが生み出された可能性もあったのではないかと思っている。
P2P技術は現在ではブロックチェーン(分散型台帳)で利用されていると前途したが、ビットコインの生みの親でその論文がサトシ・ナカモトという名前で提出されている。
このサトシ・ナカモトという人物は、未だに誰かは分かっておらず仮想通貨界隈での最大の謎とされているが、金子勇氏ではないかと言う声も少なくはない。
あくまでも日本のネット界隈での推測の域を超えないが、もし本当にそうだったとしてもおかしくはないなと、この本を読んで思った。
金子氏は、当時難しいとされていた大規模なP2Pネットワークの運用をWinnyによって可能にしており、その技術は現在仮想通貨以外でもLINEやSkype等のあらゆる所で応用されていて、その功績は大きい。

そんなP2Pが用いられているブロックチェーン技術をまだ殆どの日本人が知らないという現状もなかなかの事だなと思っている。
ただ、少しづつだが年々社会に露出してきており、今年「NFT」がブームになり流行語にノミネートされていた。
NFT(non-fungible token)とは非代替性でデジタル上の固有作品の価値を証明でき、誰の所有権かを証明できる技術の事。
以前から非中央集権のブロックチェーンを推している僕は当然NFTにも参加していた。
今年SorareというNFTサッカーゲームにはまっていたが、世界での利用者登録者数が60万人に対し、日本では知名度が殆どなく登録者数はまだ数パーセントの僅かな数らしい。
ゲーム内でも日本人らしきアカウントを見かける事はほぼ皆無で、ほんと日本人は良くも悪くも用心深いな~と思っていたら、今年の流行語大賞にノミネートされていたので本当に驚いた。
まあこれはゲームではなくデジタルアートの方でのノミネートだとは思うが、これからのゲームはブロックチェーンを使ったNFTゲームを多く見かけるようになってくると思う。
ただ有識者が指摘しているとおり、法規制の問題や所有権が法的に留保されていない等の大きな課題もあり、そもそも仮想通貨事態が下火になれば何の意味も持たなくなり、ただの一過性のブームで終わってしまう可能性も大いにある。
ただNFTは一過性で終わってしまう可能性はあるかもしれないが、ブロックチェーンは残り続けるどころか主流になっていくと、個人的には思っている。
メタバース(仮想空間)が取りざたされている昨今、相性がいいとされているブロックチェーンやNFT、またはDeFi(分散型金融)が今後伸びるかどうか長い目で見守っていきたいと思う。

ブロックチェーン技術の登場で、最近は通貨の概念に関する本が多く出回っていて、僕もいろんな本を読んでみたが、個人的にはデジタル通貨(CBDC)の問題は避けられないと思っている。
何年か前にも、デジタル通貨についてこのブログに書いた記憶があるが、今でも自分の考えに変わりはない。
仮想通貨はボラティリティ(価格変動の度合い)が高い為、通貨としては烙印を押される形となり、名称が「暗号資産」に変更され、株などと一緒の資産の位置付けとなった。
ただボラティリティさえ安定していれば、デジタル通貨は全世界に普及する可能性があり、世界各国の共通課題となっている。
そんな分野に早い段階から力を注ぎ、現在トップを独走している国がある。
その国とは、中華人民共和国。
中国は2022年の北京オリンピックで、そのデジタル人民元をお披露目すると言っている。
これがどういう事なのか理解している人は殆どいないと思う。
いろんな本にも書かれているが、もし現在世界の基軸通貨であるドルが、富裕層や貧困層にとっても大変便利な通貨になりうる、デジタル通貨に覇権が移るような事があればどうなるだろうか?
そしてそれがもしデジタル人民元だったとしたら。。
そういう事を突き詰めて考えてみると、少し恐ろしくなるのは僕だけだろうか。
それが10年後か30年後かそれとも何も起こらないかは分からないが、もしそうなったとしたら世界のパワーバランスは大きく変わると言われている。
中国だけではなく世界の各国もデジタル通貨の実装を急いでる中、日本はどうなのだろうか?
未だにキャッシュレス決済が出来ない店や、Suica・PayPay・LINEPay等のアプリが乱立していて統一性が全くなく、店によっては使えるアプリと使えないアプリもある。そもそもキャッシュレス自体の普及率が低く、未だに多額の現金を持ち歩いている日本人は世界に大きな後れをとっている。
頭の柔らかい若い世代の政治家がどんどん出てきて、思い切った政策でこの国を変えていってほしいと切に思う。
頑張れ日本!

途中からは脱線して、ここ数年で僕が読んだ本や実経験に基づいて、自分の考えを長々と書きましたが、あくまでも僕が感じたままを書いただけであって、間違っている事や見当違いな事も言ってるかもしれませんので、その辺りはご容赦ください。

今年もシェアブックスの出張買取や宅配買取をご利用して頂いたお客様、誠に有難うございました。
2022年も宜しくお願い致します!

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ノンフィクションや冒険記等の本を読んでいると、よく野生の熊や狼の話しが出てくる事がある。
以前から狼を題材にした本を読んでみたいと思っていて、今回手に取った本が
【狼の群れと暮らした男】ショーン・エリス著
「ロッキー山脈の森の中に野生狼の群れとの接触を求め決死的な冒険に出かけた英国人が、飢餓、恐怖、孤独感を乗り越え、ついには現代人としてはじめて野生狼の群れに受け入れられ、共棲を成し遂げた稀有な記録」

アイダホ州にある鬱蒼とした深い森の中へ、狼の群れを求めて最小限の物資だけを持ち、覚悟を決めて一人で命の危険も伴う旅に出る。
食べ物は現地調達で、ウサギやリスを罠にかけ、生肉のまま食す生活を強いられる。
最初の数週間は昼間に行動をしていたがなかなか狼を見つけられず、自分も狼と一緒の夜行性に変える必要があると考え夜間に行動するようになり、ようやく狼の足跡を見つけるまで2ヶ月半かかった。
そして初めて狼と接触したのがその足跡を見つけてからさらに1ヶ月半後。
だが狼はその後姿を現さず、次に会うのはまたさらに1ヶ月後となる。
その後は数日おきに姿を見せる様になり、夜間にはお互いが遠吠えを返す程の仲となって本格的な交流が始まった。
この狼は後に一緒に生活をする事になる群れの用心棒役で、人間である著者を群れにとって危険であるかどうかをずっと見張りながら偵察していたのである。
鳴き声・遠吠え・匂い付け・噛みつきが狼のコミュニケーション手段で、新参者を仲間と見なす為の儀式、噛む・嗅ぐ・匂い付けを頻繁に行い反応をじっと見てくるらしい。
特に噛む儀式は、膝の肉片が切り取られる程噛まれる場合もあり、出血や失神を伴う事もある。
この儀式に無事合格を果たすと、他の群れのメンバーに紹介され、最下位の狼として群れに受け入れられ生きていく事になる。
群れには以下の様にしっかりと役割が分担されている。

【アルファ】 群れの頭脳で意志決定者。獲物の選別もアルファが行い、獲れた獲物の一番栄養価の高い内臓は常にアルファペアのものとなる。非常に知能が高く唯一の繁殖が許される。
【ベータ】  攻撃タイプの用心棒で外部からの脅威に対応し、しつけ係も担う。
【ハンター】ハンターはオスより足の速いメスがなる場合が多く、アルファが決めた獲物を追跡し捕らえる役割。
【テスター】 品質管理役で群れのメンバーが仕事を完遂するように促し、もし仕事をしていない者がいればベータが罰を与える。
【中位~下位】見張り役。群れの安全を守る為、危険を早めに察知し警告する。
【オメガ】  群れの最下位。喧嘩の仲裁等を行い群れの安定を図る。

上から順にランク付けされていて、著者は最下位の狼として、群れの中で役割を与えられて生きていく。
もちろん食べる物も他の狼と一緒で、上位の狼たちが狩りをしてきた鹿や兎等の生肉をちゃんと運んできてくれ与えてくれる。
脅威となる熊が群れの近くに現れた時は、仲間の狼が察知し著者に警告し守ってくれる。
狼になりきって2年間共に暮らし、体中生傷だらけで22キロ体重が落ち、その間は勿論風呂も入れず、生肉だけの食事で心身ともに限界を感じて群れを離れる事を決意する。

後半で著者は飼育下の狼に野生の狼の生態を教える側に回ったり、恋人との関係性について書かれているが、やはり野生の狼と暮らした2年間の手記がこの本の見どころであり、読み物として圧倒された。
厳しく言うなら、読むのは前半の生い立ちと群れと暮らした2年間の章まででよかったかもしれない。

狼は犬の祖先と言われているが、多くの動物学者達は狼と犬は別の生き物で、これらを一緒の生態として考えるのは好ましくないと考えているが、その研究者達から異端児とされている著者は別の見解を主張している。
犬のしつけには狼の生態から学ぶ事が多いという著者の主張は学問的には実証が困難とされているが、やはり2年間も野生の狼の群れと暮らし直接的な観察をした人間からは説得力を感じる。
犬のしつけは暴力や威嚇を行わずに、罰を与える時は無視や冷淡さを前面に出して、精神的なペナルティを与える事が得策だと著者はいう。
多くの学者たちは著者の主張を認めていないというのも、研究対象である狼との距離感がまるで違い、全く異なる視点での研究をしているだろうから、まあそう思うのも仕方ないと思ってしまう反面、自分達が絶対出来ない著者の常軌を逸した偉業(行動)を妬んでいるのかなとも思ってしまう。

最初の読み始めの時は、この話は本当なのだろうか?と疑ってしまう程、現実離れした体験記だったので訝しげに読んでいたが、気付いたら嘘か本当かなんてどうでもよくなっていて、著者が狼達と一緒になって狩りで仕留めてきた生肉を貪り食う様を想像すると、その獣臭がリアルに漂ってくるようで、脳内を見事に活性化された僕は、気付いたら狼の生態に夢中になっていた。

僕がこの本で「狼」について分かった事は、「知的で気高く、力強くも愛情深く、群れの保持を第一とする非常に社会的な美しい生き物」という事だ。
翻訳は結構荒く、それ日本語としてどうなの?と思う部分も多少あるが、著者の狼に対する情熱と愛情は計り知れないものがあり、単純に面白かった。
何よりも自ら望んで狼の群れに入り込み、群れの一員として認められ、さらには2年間も養ってもらったという事実には本当に衝撃と感銘を受けた。
野生の狼に興味がある方にはお勧めしたい一冊だ。

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